その古いレシピ集はまるで生きもののように私に語りかけてくる・・・・・。
「メグミ、お菓子を作るまえにお菓子の事をよく知りなさい。」
セピア色のページからは400年前のリヨンの街で
行商しているウーヴリ売り達の歌に託した売り声が聞こえてくるようだった・・・・。

 

Celebration of baking

仏菓子の歴史はウーヴリ商人の歴史から始まる
 10〜14世紀のカペー王朝初期の記録には、宮廷の王室菓子係に4人の職人がいたとの古い記述が残っている。
 その後記録が途絶え、1270年の記録にウーヴリ商人が登場するのだ。ウーヴリとは小麦粉と卵の生地を鉄板で焼いた素朴なお菓子である。このウーヴリは中世には大流行し、仏中部リヨンのものが特に有名だった。
 はじめてお菓子屋の一日の仕事が終わった後、小僧たちが残ったお菓子の生地を集めて作って売ったところ、これがなかなかの評判でいい儲けにもなったことから、他にもまねをする菓子屋たちがふえてしだいに普及していったらしい。
 昔は、軽い夜食(スーペ)をとることが多かったので、夜になると小さな篭にウーヴリを詰め込んで売り歩くウーヴリ売り達が路上に立った。・・・・・・ウーヴリ、ウーヴリ、大きいのも小さいのも安いよ。そのうえ歌のおまけつきさ・・・・・・。

 彼らは歌いながら売り歩き、商売をした。なかでも上手な歌い手は評判を呼び、スーペが終わるころにはウーヴリ売りを家の中まで引き入れ、お菓子をあれこれ選びながら、彼らの即興の歌を楽しんでいたという。一時は街の風紀を乱すという理由で行商を禁止されたが、その後菓子業界の統一の下に彼らの職人としての地位も高まっていったということだ。これは古い古いフランス菓子の歴史を物語る逸話である。


やわらかな種を流して焼くだけのWミアスWはお菓子の原点

 お菓子の生地の最も古い形は、小麦粉を水や牛乳で溶いて加熱した粥状のものであったらしい。粉、卵、砂糖、牛乳を練って型に流して焼く仏の伝統菓子「ミアス」はその原型にとても近い菓子といわれている。
 このミアスは北上してきたローマ人達がフランス各地にもたらしたらしく、トリュフで有名なペリゴール地方のものがよく知られている。のちにはクレープやクラフティなどに転化していった。

いかにも手作り菓子らしい優しい味わいが魅力である
 それぞれの土地に広まっていったミアスは、特産のフルーツを加えたり、好みで材料の割合を変えたりと特色のあるものに変化していき、その後定着していった。素朴なだけに、卵や牛乳など素材の新鮮さが味の決め手。いかにも家庭の手作り菓子らしい優しい味わいが魅力といえる。ローマ人が紀元前から食べていたという粥状のお菓子にもっとも近いこのWミアスWは生地のおいしさを味わうには絶好のおかしである。
 もともとは農民たちの主食であったといわれるクレープも生地の味を楽しむお菓子である。はじめはソバ粉に、水、卵、塩を混ぜて焼いていたのが、物流の発達でソバ粉はいつしか小麦粉に変わり、砂糖、ミルクも入り贅沢なお菓子になった。やはり「ミアス」の素朴さは捨てがたい。
 フランスのどの家庭でもメグミはこの「ミアス」に出会っていない・・・。まるでプディングに似た優しい口あたりという記述を前にメグミはウーヴリ売りのように歌いながらキッチンに立つ。・・・・・そうだ、フランスパンと新鮮な卵があったはず、今夜スーペ(夜食)はブレッドプディングにしょう・・・・・。

 

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